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福島県会津若松地方にある都市、会津若松市は戊辰戦争によって壮絶な戦いの地となった場所です。白虎隊の逸話はとても有名で、今では日本でも有数の観光スポットとなっています。会津若松とはどのような観光スポットなのでしょうか。

 

会津

 

白虎隊・戊辰戦争とは

 

会津若松は、福島県会津地方にある都市で、東北随一の城下町でした。

 

会津若松が注目される理由のひとつとして、多くの観光スポットやグルメなど見どころ満載であると同時に、戊辰戦争・白虎隊悲劇の地であるということも大きな要因となっています。

 

戊辰戦争とは

 

戊辰戦争(ぼしんせんそう)は日本で最後の内戦と言われている戦争です。

 

新しい時代を作ろうとする薩摩藩・長州藩・土佐藩が中心となった新政府軍と、幕府の時代を守ろうとする旧幕府軍との戦い。

 

鳥羽伏見の戦いから始まり、北越戦争、会津戦争などを経て、五稜郭の戦いで旧幕府軍榎本武揚が降伏し、やっと長い内戦が終わりました。

 

そんな戊辰戦争によって生まれた悲劇が、のちに現在まで語り継がれることになる白虎隊です。白虎隊とは、会津藩の武家出身の少年部隊のことで、そのほとんどが16〜17歳の非常に若い少年たちでした。

 

  • 玄武隊(げんぶたい):50歳以上
  • 青龍隊(せいりゅうたい):49歳以下、36歳まで
  • 朱雀隊(すざくたい):35歳以下、18歳まで
  • 白虎隊(びゃっこたい):17歳以下15歳まで※のちに16歳まで

 

白虎隊は戦争の最前線で働くことはないはずでしたが、戦線が厳しくなるにつれ、白虎隊の少年たちは前線部隊に属することを自ら嘆願します。

 

線火が激しくなる中、少年たちは飯盛山へと逃れます。そこから見えた炎で城が燃えていると勘違いした少年たちは、「城は陥落したか、今は主君のために殉じよう」と自ら自刃し、その場にいた20人中、19人が命を落とすという壮絶な最期を遂げるのです。

 

命を取り留めた1人飯沼貞吉により、この悲劇が伝えられることになりました。

 

白虎隊ゆかりの地

 

会津藩校「日新館」

会津の武家の男子たちは、10歳になると会津藩校であった日新館に入学していました。もちろん白虎隊の少年たちもここで学んでいました。「ならぬことはならぬものです」という「什の掟(じゅうのおきて)」が有名。

 

鶴ヶ城

会津若松城とも言う。白虎隊の少年たちが燃えていると勘違いした城が、この鶴ヶ城です。

 

城内は博物館になっており、当時の貴重な資料を見ることができます。ロケーションも素敵な場所で、春には桜、冬には雪と、季節によってそのイメージをガラリと変えます。

 

幕末悲劇の地も今では平和を願う場所になっていた

 

福島にある会津若松は、戊辰戦争や白虎隊の悲劇の地として有名で、戦争の痛みを知る場所です。そんな会津若松ですが、今では平和と幸福への願いを伝える観光地となっていました。